子連れ旅行、イタリアのヴェローナ、ヴェネツィア、フィレンツェ・ピサの旅について②

今回は、前回のヴェローナ、ヴェネツィアの旅の続きで、フィレンツェとピサへの子連れ旅行について綴らせていただきます。

フィレンツェの観光

ヴェネツィアに一泊して、次の日にフィレンツェに電車で行きました。電車では約2時間40分でフィレンツェに着きました。

フィレンツェの概要

フィレンツェはイタリア中部のトスカーナ州の州都で、現在は人口約38万人が住んでいます。

フィレンツェは英名が「フローレンス」で、「花の都」という意味です。15世紀にメディチ家の庇護の下、フィレンツェはルネサンスの中心地になりました。メディチ家は元々は薬種商で、15世紀には銀行家になり、フィレンツェ共和国の政治の実権を握りました。コジモ=デ=メディチ(1389‐1464)の代では、納税額がフィレンツェの歳入の65%に達し、フィレンツェをルネサンスの中心地にした功績を称えられ「祖国の父」の称号が贈られました。

アカデミア美術館→ドゥオーモ広場→ポンテ・ヴェッキオを渡って→ミケランジェロ広場の順番で歩いて観光することが出来ます。

フィレンツェの観光スポット

ドゥオーモ

ドゥオーモは「花の聖母教会」とも呼ばれていて、フィレンツェのシンボルです。1296年に着工され、175年の歳月をかけて建設されました。白と緑とピンクの大理石の幾何学文様で飾られており、イタリア・ゴシック様式が取り入れられています。高さ91mの大きいクーポラ(ドーム)は15世紀に取り付けられ、天蓋にはヴァザーリやその弟子によって描かれた「最後の審判」のフレスコ画が描かれています。486段の階段を上がって、クーポラの上の展望台に行くことができます。

ドゥオーモの隣はジョットの鐘楼があります。ジョットが設計したもので、14世紀に完成しました。高さが85mあり、414段の階段で上に登ることができます。

ドゥオーモのクーポラ。石積み建築のドームとして世界最大の大きさです。
大理石の幾何学文様が綺麗なファサード。
ジョットの鐘楼。とても綺麗な模様。
クーポラの部分の天蓋
八角形の形をした天蓋には「最後の審判」のフレスコ画が描かれています。
ルネサンスといえばフレスコ画。バチカンでもミケランジェロの「最後の審判」を見ました。上を見上げながら天井に絵を描くって大変だっただろうなぁ。

アカデミア美術館

アカデミア美術館にはミケランジェロの『ダヴィデ像』のオリジナル作品など7点のミケランジェロの彫刻作品やフィレンツェ派絵画が収められています。

ウッフィツィ美術館

メディチ家代々の当主が収集した美術品が収められている美術館です。レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452‐1519)が描いた『東方三博士の礼拝』やボッティチェリ(1445‐1510)が描いた『春』、『ヴィーナスの誕生』、ミケランジェロ(1475‐1564)の『聖家族』、ラファエッロの『ひわの聖母』など、束縛から解放され、「人間らしさ」が追求されたルネサンスの傑作品の数々を鑑賞することができます

ポンテ・ヴェッキオ

アルノ川に架けられたポンテ・ヴェッキオはイタリア語で「古い橋」を意味し、フィレンツェ最古の橋です。

アルノ川に架けられたポンテ・ヴェッキオ。

ミケランジェロ広場

ポンテ・ヴェッキオの橋を渡り、フィレンツェの南東にある小高い丘の上にミケランジェロ広場があります。ポンテ・ヴェッキオからミケランジェロ広場まではアルノ川沿いを歩いて、小高い丘の坂道を登って20分くらいで到着します。

訪れた時は結構暑い時期だったので、アルノ川沿いのお店でアイスを買って食べました。ご高齢のマダムがノンスリーブの赤いワンピースを着て歩いている姿を見かけて、「お年を召してもおしゃれで素敵♡私も枯れずに年を取りたいな」と思った思い出があります。

ちょっと雲が多かったのですが、ミケランジェロ広場からフィレンツェを一望しました。ポンテ・ヴェッキオやドゥオーモが見えています。すごく趣があって素敵でした。昔「冷静と情熱の間」というフィレンツェが舞台の映画があって、頭の中にそのテーマであるエンヤの歌が流れました。

ピサの観光

フィレンツェで一泊した翌日、電車でピサに行きました。ピサに着いたその日にピサから飛行機で帰ったので、ピサ空港(ガリレオガリレイ国際空港)に行くまでの短い時間にピサ大聖堂を駆け足で観光しました。フィレンツェからピサまでは電車で約1時間40分で着きました。

ピサの概要

ピサはトスカーナ州にあり、人口約9万人が住んでいる都市です。11世紀に海洋国家として繁栄し、ピサはアマルフィ、ジェノヴァ、ヴェネツィアと共に4つの歴史ある海洋国家の1つになりました。

ピサの観光スポット

ピサ大聖堂、ピサの斜塔

ピサ大聖堂はピサが繁栄した11世紀から12世紀にかけて建設されました。ピサ大聖堂は11世紀〜12世紀にフランスやドイツなどで発達した教会堂様式であるロマネスク様式の大聖堂です。ロマネスク様式の聖堂は窓が小さく柱が巨大な石で作られており、重厚な印象があります。また、半円アーチが多用されているのも特徴です。

ピサ大聖堂には有名なピサの斜塔があります。ピサの斜塔は高さが55.86mあり、296段の階段を登って屋上の展望台に上がることが出来ます。斜塔は5.5度傾いていましたが、1990年から2001年までに工事が行われ、現在は約4度傾いています。傾斜の原因は塔の南側の土が柔らかかったことと、1960年代に地下水がくみ上げられたことによります。イタリアの物理学者・天文学者であるガリレオ=ガリレイ(1564 – 1642 )がピサの斜塔から質量の異なる球を落下させる実験をしたことが有名です。

ピサ大聖堂とピサの斜塔
ロマネスク様式で重厚な外観のピサ大聖堂。柱が巨大で窓が小さいです。12世紀に北フランスで建設され始めたゴシック様式の大聖堂は高い尖塔アーチと大きな窓とステンドグラスが特徴です。
ピサの斜塔の階段。296段の階段を登っていきます。建物が傾斜しているので、グルグルと階段を登っていくと少し感覚がおかしくなってクラクラしました。
斜塔の上の展望台をぐるりと一周。
ピサ大聖堂を上から眺めることができます。すごく重厚感があります。
上からピサのドゥオーモ広場を眺めたところです。
ピサの町を一望出来ました。
ピサの斜塔の屋上には鐘がありました。鐘を鳴らすと傾斜に影響を及ぼす恐れがあるため、定刻ごとにスピーカーから鳴らされています。

まとめ

ヴェローナからヴェネツィア、フィレンツェ、ピサの駆け足旅でしたが、イタリア北部の町を充分に堪能することが出来ました。

ヴェローナやヴェネツィア、フィレンツェ、ピサなどそれぞれの都市国家が海洋貿易などで栄え、独立した共和国として独自の文化が花開いていたことがよく分かりました。力を持った都市国家が点在していたため、イタリアが国家として統一したのが他のヨーロッパ諸国よりも遅かった理由も頷けました。

イタリア旅行はやっぱり面白かったです。フィレンツェにはルネサンスの傑作が沢山残っているし、街が雰囲気があって優雅で素敵でした。ピサの斜塔の前で傾いた斜塔を戻そうとするポーズの写真を撮ったのも楽しい思い出になりました。実際に登ってみた時は296段の階段が大変だったけれどワクワクしました。

読んでくださり有難うございました。

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