今回は、前回のサグラダ・ファミリアに引き続きバルセロナにあるガウディ作品群の中から、初期作品であるグエル邸、円熟期の作品であるグエル邸、バトリョ邸、ミラ邸、グエル公園についてご紹介させていただきます。
19世紀、産業革命によるバルセロナの発展(ガウディの作品の背景)
18世紀後半、イギリスで手工業から機械工業へ変化していき、紡績機や蒸気機関の発明などにより産業革命が始まりました。
19世紀、バルセロナがあるカタルーニャ地方では繊維工場や製鉄工場などの投資が活発になり、バルセロナは大きく発展しました。1832年にはバルセロナ市内に建てられた工場で国内初めて蒸気動力が使われました。また、1848年にはカタルーニャの州都バルセロナと近郊の町マタロを結ぶ、スペインで最初の鉄道が敷設されました。
1854年には、農地を後にした何万人もの人々が工場での働き口を求めてバルセロナに流入してきました。そのため、バルセロナでは町を囲んでいた壁が取り壊され、都市拡張整備が行われました。
1905年、碁盤の目のように正方形の街区が並ぶ新市街を縦に貫くグラシア大通りが整備され、グラシア大通りはバルセロナのメインストリートとなり、建築物を通して自らの財力を誇示しようとした富裕層がガウディなど有名な建築家に依頼し、斬新でクリエイティブな邸宅を構える一等地になりました。
1888年にはバルセロナ万国博覧会が開催されました。このバルセロナ万国博覧会は、めざましい経済成長と文化発展を国際社会にアピールするための良い機会となりました。
ガウディの作品群を観に行きました
サグラダ・ファミリアを観た後に、カサ・ミラ、カサバトリョ、グエル公園を観に行きました。サグラダ・ファミリアからカサ・ミラは1.7㎞で徒歩で約20分、カサ・ミラからカサ・バトリョまでは500mで徒歩約6分、カサ・バトリョからグエル公園までは3.1㎞で徒歩約45分かかります。グエル公園は高台にあって、坂道が大変なのでバスやタクシーを利用した方がスムーズに移動できると思います。
グエル邸だけ少し離れています。グエル邸はカサ・バトリョからグエル公園に行く方向とは逆の方向にあるので、私は翌日の朝からグエル邸だけ観に行きました。グエル邸へはカサ・バトリョから1.8㎞で徒歩で約20分です。
グエル邸(1886年〜1888年作品)
ガウディがパトロンであるエウセビ・グエル氏のために設計した邸宅です。この豪邸では友人などを集めてコンサートや展覧会などが開かれました。
バトリョ邸(1904年〜1907年作品)
繊維業者のジュゼップ・バトリョがグラシア大通りに建つ地味な外観の物件を購入し、ガウディに改装を依頼しました。ガウディは自然の造形を建築に取り入れ、施工バトリョを驚かせました。
ミラ邸(1906年〜1912年作品)
ミラ邸もバルセロナのシンボルの一つです。外観が巨大な岩に見えることから、「ラ・ペドレラ(石採石場)」と呼ばれています。ガウディが手掛けた最後の民間建築物です。
グエル公園(1900年〜1914年作品)
パトロンであるエイセビ・グエルはバルセロナのラ・サルット地区に庭園都市というコンセプトの住宅地を建設したいと考えていました。商業都市が自然とつながる空間となるように、ガウディに公園の建設を依頼しました。
まとめ
カサ・バトリョは本当に奇抜で、ギラギラとした色調に少し平衡感覚を失われるような感覚を受けました。子どもも泣いたりはしませんでしたが、少しびっくりした様子でした。カサ・バトリョ、カサ・ミラ、グエル邸の屋上の煙突はどれも可愛らしくて、子どもも私も屋上散策が楽しかったです。
グエル公園は起伏があって、石を積み上げて出来た回廊など、子どもがワクワクする公園でした。波打ったベンチの前の広場で嬉しそうに走っていました。
ガウディの作品群を歩いて回りながら、バルセロナの街を周遊出来て楽しい旅でした。
個性的なガウディ作品の魅力がお伝えできていたら幸いです。
読んでくださり有難うございました。