子連れ旅行、ドイツのケルン大聖堂とケルン動物園について

今回はドイツ西部の街ケルンにある、世界最大のゴシック様式の大聖堂であるケルン大聖堂ケルン動物園を観光した時のことを綴らせていただきます。現在のケルンは、ベルリン、ハンブルク、ミュンヘンに次ぐドイツ第四の都市で、人口100万人以上が住んでいる近代的な街です。

ケルン中央駅です。奥に見えているのがケルン大聖堂の塔です。ケルン大聖堂はケルン中央駅から46m(徒歩約1分)のところにあります。

ケルンへの移動

ケルンへは、オランダのアムステルダムから261㎞(車で約2時間45分)なので車で行きました。飛行機でケルンに行くにはデュッセルドルフ国際空港の利用が便利です。デュッセルドルフ空港駅からケルン中央駅まではSバーンで約15分で到着します。

ケルン大聖堂の観光

ケルン大聖堂の歴史

初代ケルン教会

ケルンの語源は「コロニア(植民地)」を由来としています。ローマ帝国(紀元後‐395)時代の1世紀頃、ローマの植民地としてライン川西岸にケルンの町が作られました。現在のケルン大聖堂がある場所は、ローマ時代にこの地に住んでいたキリスト教徒の中心地でした。

旧ケルン大聖堂

2代目となる大聖堂が西暦818年に建設され、870年に奉納された大聖堂はヨーロッパ最大の教会の一つとなりました。1164年にはライナルド大司教がミラノから持ってきた三博士の聖遺物が置かれ、ケルン大聖堂はヨーロッパから毎年何千という巡礼者が訪れる最も重要な教会の一つとなりました。

現在のケルン大聖堂

1248年、火災で大聖堂は消失しました。その後すぐにゴシック様式教会の礎石が置かれ、現在の大聖堂の建設が始まりました。しかし、16世紀になると宗教改革を発端とした戦争が頻発し、財政難のため大聖堂の建設は未完成のまま中断されて片方しか塔がない状態が続きました。

しかし、1806年にナポレオンによって神聖ローマ帝国が滅ぼされ、ケルン大聖堂がフランス軍の食料倉庫として使用されるようになると、ドイツ国民が自国民の伝統を大切にしたいという熱狂的な声が高まり、1842年に工事が再開されました。この再開工事の費用は、プロセイン国王のフリードリヒ=ヴィルヘルム4世とケルン市民が設立した中央大聖堂建設協会がそれぞれ半分ずつ支払いました
1880年、632年にわたる建設工期を経て、最初の図面通りに現在の大聖堂が完成しました。

現在の大聖堂は塔を含めた高さが157m、奥行き144m、幅86mもある世界最大のゴシック様式の大聖堂です。1996年に世界遺産に登録されました。

ケルン大聖堂正面の日本の塔です。509段の階段で南棟の展望台に登ることが出来ます。
ケルン大聖堂の側面です。かなり遠くに離れないと全景を写真に納めることは出来ませんでした。巨大なゴシック様式の大聖堂です。
1848年にバイエルン王ルートヴィヒ1世が奉納した鮮やかな大ステンドグラスです。とても大きくて美しかったです。
内部の天井もとても高くて広かったです。

ケルン動物園の見学

ケルン大聖堂から約3㎞のところにケルン動物園があります。我が子に動物を見せてあげたかったので、ケルン動物園にも行きました。ケルン動物園は1860 年に創立されたドイツで 3 番目に古い動物園で、約10000頭の動物が自然に近い状態で飼育されている動物園です。

2004 年にオープンしたゾウ園です。ゾウ園としては北ヨーロッパ最大級の大きさです。小ゾウもいました。多くのゾウが悠々と暮らしていました。
我が子も興味深そうに動物を眺めていました。ヨーロッパではこんなに大きな動物園を他で見たことが無かったです。
奥に立っている動物はミーアキャットかな?

まとめ

ケルン大聖堂はとっても大きくて重厚で美しい大聖堂でした。近代的なケルンの街並みの中に歴史的なケルン大聖堂が高く大きくそびえ立っている姿は印象に強く残りました。

ケルンの街にはあちこちでドイツの伝統的なパン「プレッツェル」が売られていました。私は硬い食感とちょっと塩味なところ、そして噛んでいると小麦の味がしてきて、それが美味しくて何度か買って食べました。

プレッツェルとドイツ名物白ソーセージ。偏食の我が子のためにいつもおにぎりを持って旅に出かけていました。

ケルンの旅では動物園にも行くことが出来て、我が子に動物を見せてあげられたのが良かったです。

ケルンの旅の魅力がうまくお伝えできていたら幸いです。

読んでくださり有難うございました。

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