子連れ旅行、チェコのプラハのクリスマスマーケットについて

今回はチェコのプラハのクリスマスマーケットへの子連れ旅行について綴らせていただきます。

飛行機でチェコのプラハへ

我が家は飛行機でチェコのヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ空港に行き、空港からプラハ市内へはタクシーで行きました。プラハ空港からプラハ市内のプラハ中央駅までエアポート・バスも30分間隔で出ています。

観光にまつわるチェコの歴史概要

ボヘミア王国成立

チェコ西部の地域は昔からボヘミアと呼ばれていました。10世紀、チェック人(チェコ人)のプシェミスル家がボヘミア王国を建国しました。

みどり
ボヘミアといえば、ボヘミアガラスが有名ですよね。ボヘミアガラスはチェコの伝統産業で、13世紀から作られていました。

神聖ローマ帝国の領邦→プラハの発展

11世紀からは神聖ローマ帝国の領邦となりました。1346年、ボヘミア王カレル1世が神聖ローマ帝国の皇帝に選ばれてカール4世となると、神聖ローマ帝国の首都はプラハに移され、プラハ城の拡張や、中欧初の大学であるカレル大学の創立、カレル橋の建設とヴルタヴァ川東岸市街地の整備などの都市開発が行われ、プラハはローマやコンスタンティノープルと並ぶヨーロッパ最大の都市にまで急速に発展しました。

1438年からは神聖ローマ帝国はルクセンブルク朝からハプスブルク朝となり、ハプスブルク家に統治されました。

みどり
今回の旅行で観光したプラハ城やカレル橋はこの頃に建設、拡張されて、プラハは現在の姿になったのね。

オーストリア=ハンガリー帝国による支配

1789年にフランス革命が起きて民族主義と国民国家の理念がヨーロッパに広まると、ドイツ人が支配していた多民族を包含する封建主義の神聖ローマ帝国・オーストリアからの独立運動が各地で起こりました。1866年にプロイセン=オーストリア戦争が起こって、オーストリアを除外してプロイセン主導でドイツ統一が進められるようになると、1867年にオーストリア帝国は独立を求めるハンガリー人と和協し、ドイツ人とハンガリー人がそれ以外の民族を支配するオーストリア=ハンガリー帝国を成立させました。

みどり
よろしければハンガリーの旅行記事もご覧ください。

チェコスロバキア共和国独立

1914年から1918年の間、第一次世界大戦が起こりました。そして、1918年、オーストリア=ハンガリー帝国は敗戦し、チェコはスロバキアと合同でチェコスロバキア共和国として独立しました。

第二次世界大戦でドイツの保護領になる

1939年にチェコスロバキア共和国は解体されて、ドイツの保護領となりました。

終戦後に共産党体制になる

終戦後はソ連軍によって国土の大半が「解放」されてソ連の圧力によって共産化が進み、1960年に発布された憲法によって、国名はチェコスロヴァキア社会主義共和国となりました。1968年1月、チェコスロバキア共産党第一書記のアレクサンデル・ドゥプチェクが言論の自由化や計画経済への市場原理の導入、粛清犠牲者の名誉回復といった共産党体制の改革を進めました。(プラハの春しかし、同年8月にソ連軍と東欧諸国の軍(ワルシャワ条約機構)がチェコスロヴァキアへ侵入し、民主化運動は鎮圧されました。

民主化してチェコ共和国に

1989年11月、ビロード革命が起こりチェコスロヴァキア共産党は崩壊しました。1993年、スロヴァキアと分離独立し、チェコ共和国となりました。

プラハの観光

プラハはチェコ共和国の首都で、チェコ最大の都市で人口約120万人が住んでいます。2004年からEUに加盟していて、通貨はチェコ・コルナ(CZK)が使われています。チェコの伝統産業はビールとボヘミアガラスがあります。チェコは国民1人あたりのビール年間消費量が世界一です。

プラハの主な観光地

チェコのプラハはクリスマスマーケットが有名なので、12月に訪れました。プラハにはモルダウ川(ブルダバ川)が流れていて、モルダウ川の東側には旧市街やプラハ中央駅があります。カレル橋を渡ってモルダウ川の西側に行き、丘を登っていくとプラハ城聖ヴィート大聖堂火薬塔があります。

モルダウ川の東側の旧市街広場にはプラハの天文時計があり、クリスマスの時期にクリスマスマーケットが立ち並びます。我が家はプラハの天文時計→カレル橋→プラハ城→火薬塔→聖ヴィート大聖堂→ストラホフ修道院図書館の順で観光しました。全て徒歩圏内にあります。

みどり
中学校の音楽の授業でスメタナ(1824年‐1884年)が作曲した『我が祖国‐モルダウ』を聴きました!スメタナってチェコの人だったのですね。

プラハの天文時計

プラハの天文時計の時計の機構と天文図の文字盤は、1410年に時計職人であるミクラシュ とカレル大学の数学・天文学教授であったヤン・シンデルによって製作されました。

すごく綺麗な大きな時計でした。プラハが栄えた14世紀から時を刻んでいるなんて、感慨深いです。

クリスマスマーケット

プラハの天文時計の前の旧市街広場でクリスマスマーケットが開かれていました。

チェコの伝統的なお菓子の「トゥルデルニーク」やホットワイン、クリスマスのオーナメントなどが売っていました。
トゥルデニーク。ほのかに甘くて美味しかったです。
左にある時計がプラハの天文時計、右奥に立っている2本の塔の大きな建物はティーン聖母教会です。
夜はイルミネーションが綺麗で、人が沢山集まっていました。
ティーン聖母教会の前には大きなクリスマスツリーがありました。
大きなクリスマスマーケット。キラキラの景色見て、我が子もとても嬉しそうでした。しっかり防寒して楽しみました。
クリスマス気分を満喫できました。
夜空に浮かぶクリスマスツリー☆

カレル橋

カレル橋は神聖ローマ帝国皇帝カール4世(ボヘミア王カレル1世)の治世のもと、1357年に建設が始まり、1402年に完成しました。橋の欄干には左右に15体ずつ、合計30体の彫刻が並んでいます。

分かりにくいのですが、左にカレル橋が映っています。モルダウ川を渡って奥に見えているのがプラハ城です。

プラハ城、聖ヴィート大聖堂、火薬塔

モルダウ川を渡り、丘を登って行くとプラハ城があります。プラハ城は世界でも最も大きい城の一つで、敷地の広さは東西430メートル、南北は最大140メートルもあります。プラハ城の中にはゴシック様式の聖ヴィート大聖堂や火薬塔、聖イジー教会、旧王宮などがあります。

火薬塔。1475年に造られ、旧市街への入り口にあります。17世紀には火薬を保管して置く倉庫として使われていたので、「火薬塔」と呼ばれています。
聖ヴィート大聖堂。チェコ最大のゴシック様式の大聖堂です。奥行き124m、幅60m、高さ96.6mもあります。

ストラホフ修道院

ストラホフ修道院は1143年に創設された修道院です。ストラホフ修道院には図書館があり、その図書館は「世界一美しい図書館」と言われています。

12月のチェコ、寒かったからプラハ城は少しだけ見て帰りました。図書館好きの夫が図書館だけはどうしても観たいと言ったので、夫だけストラホフ図書館も観光して来てもらいました。暗くてあまり良い写真が撮れなかったのですが、図書館好きの夫は満足して戻って来ました。とても美しい図書館だったそうです。

まとめ

ヨーロッパにいた頃、各地でクリスマスオーナメントをお土産に買いました。日本に帰国してからも毎年少しずつオーナメントを増やすようになり、我が家のクリスマスツリーには色々なオーナメントが飾られていて楽しいです。(統一性が無くてオシャレでは無くなっています…。)オーナメントをフエルトやオーブン陶土などで作るのもとても楽しいです。

プラハのクリスマスマーケットのイルミネーションはとても美しくて夢の世界のようでした。我が子もキラキラした世界にときめいていたようで、とてもニコニコして楽しそうにしていました。冬のプラハは寒かったのですが、クリスマスマーケットはとても温かみのある雰囲気で心はホクホクしました。

読んでくださり有難うございました。

ブログランキング・にほんブログ村へ