スペインのコルドバとセビリャの旅について

今回は、スペインのコルドバとセビリャの旅について綴らせていただきます。

スペイン南部、マラガ空港へ

コルドバとセビリャへはスペイン南部アンダルシア州の都市マラガにあるマラガ=コスタ・デル・ソル空港から行きました。「コスタ・デル・ソル」というのは、「太陽の海岸」という意味で、スペイン南部アンダルシア州のマラガ県の海岸地域をいいます。

マラガ空港からコルドバ、セビリャへの移動

マラガ空港からコルドバまでは特急電車で約2時間、コルドバからセビリャへは特急電車で約45分で行けます。セビリャからマラガへは長距離バスで戻ることが出来ます。

コルドバ観光

メスキータ

かつてコルドバは、アブド・アッラフマーン1世が開いた後ウマイヤ朝756年‐1031年)の首都で、最大時は人口50万人を有していた当時のヨーロッパ諸国で最大級の都市でした。メスキータは785年にアブド・アッラフマーン1世が建設したイスラム寺院です。その後3回にわたって拡張され、2万5,000人を収容できる大寺院となりました。

塔(ミナレット)。
夜のミナレット。とても神秘的で幻想的でした。
建物の中は、大理石と赤れんがを交互に組み合わせたアーチが林のように広がっています。
赤と白の二十のアーチ。
ミフラーブ。ミフラーブとはモスクに設置されているキブラ(メッカの方向)を示している場所。こちらで礼拝します。
レコンキスタ後にカルロス5世が寺院の一部をキリスト教の大聖堂に改装する工事をし、イスラム教とキリスト教が同居している現在の建物の形となりました。
オレンジの中庭があります。

セビリャ観光

ヒラルダの塔とカテドラル

ヒラルダの塔は12世紀末、モロッコのベルベル人のイスラム王朝、ムワッヒド朝(1130年‐1269年)時代にモスクのミナレット(尖塔)として建設されました。ムワッヒド朝の頃、セビリャはイベリア半島における首都として繁栄しました。高さが97mもあり、展望台からセビリャの街を一望することが出来ます。

カテドラルは、15世紀に建てられました。ゴシック様式の建物で、スペイン最大規模の大きさです。

ヒラルダの塔。
ヒラルダの塔の展望台からの景色です。セビリャの街が一望できました。
ヒラルダの塔から見たカテドラル。とても大きいことがよく分かります。
16世紀にヒラルダの塔に付け加えられた鐘。
カテドラル。とても大きいゴシック様式の大聖堂です。右奥にヒラルダの塔が見えます。
スペイン最大、世界3位の大きさを誇る大聖堂。黄金に輝いていました。
黄金に輝く木製の祭壇画。とても精密で圧巻の美しさ。

アルカサル

アルハンブラ宮殿の「赤い城」と並び、「白い城」と称されている宮殿です。ムデハル様式(イスラム建築とキリスト建築が合体した様式)の傑作です。

ペドロ1世(1334‐1369)が建てた宮殿。イスラム文化が好きなペドロ1世がイスラムの建築様式を取り入れました。
入口から入ってすぐにある中庭。イスラム時代に建てられた城壁が見えます。
乙女の中庭。
大使の間の壁面。緻密な模様が施されていました。とてもゴージャスな空間でした。

スペイン広場

スペイン広場は1929年にスペイン・アメリカ博覧会の会場として設置されました。半円形に広がる回廊と、その建物の下部に並んでいる、スペイン各県の特徴や歴史をタイルで描いたベンチが見どころです。

スペイン広場。
スペイン広場の噴水、憩いの場になっていました。

まとめ

コルドバとセビリャの旅ではイスラム建築とキリスト建築が融合したメスキータやアルカサルを観ることが出来ました。

ヨーロッパの中にイスラム王朝があったということが歴史的にすごいことだと思います。スペインの歴史にはイスラム王朝時代やその後の黄金時代もあって、それぞれの栄枯盛衰が本当にドラマチックだなぁと思いました。

やっぱり世界史ってロマンがあって本当に面白いです。旅行をした時にはスペインの歴史をあまり知らなかったので、帰国してから色々な本を読んだりして学び直しをしました。世界史は点と点が繋がって線になるようなことの連続です。「事実は小説よりも奇なり」なのですね。

↓この本、世界史の学び直しにお勧めです。大まかな歴史の流れや背景が分かりやすく説明されています。

読んでくださり有難うございました。

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