今回はベルギーのブルージュへの子連れ旅行について綴らせていただきます。
ブルージュはベルギーの北西部にあり、ウェスト=フランデレン州(オランダ語が使われている地域)の州都で、約11万人の人口を有する都市です。ブルージュ歴史地区は2000年に世界遺産に登録されています。
ベルギーのブルージュへ
ベルギーのブルージュへはオランダのアムステルダムから車で行きました。アムステルダムからブルージュまでは車で約3時間(約250㎞)で行くことが出来ます。また、電車で行く場合には、アントワープかブリュッセルを経由して約2時間40分で行くことが出来ます。
ブルージュの歴史
ブルージュは9世紀に西フランク王国フランドル伯によって建てられた城塞が街の起源とされています。
11世紀から12世紀に行われた十字軍の遠征をきっかけに、ヨーロッパ各地に交易路が広がり、遠隔地貿易を行う商業都市が各地に出来ました。その12世紀に、フランス王国フランドル伯領だったこの地に、街と北海沿岸を結ぶ運河が建設され、町中に水路が張り巡らされ、ブルージュは港町になりました。
中世のヨーロッパではアジアからの香辛料や宝石、絹織物などを扱っていた地中海商業圏(ヴェネツィアやジェノヴァ、ピサ、ミラノ、フィレンツェ等)と、北海とバルト海周辺の海産物、木材、毛織物などを扱っていた北ヨーロッパ商業圏(フランドル地方のブルージュやアントワープ、ノルウェーのベルゲンやドイツのケルンなど)が発展しました。中世に発展した商業都市は封建領主から特許状を取得し、自治権を得て自由都市となっていました。その各地の商業都が自治権や商業を守るために軍事同盟を結束していました。ブルージュはノルウェーのベルゲンやロンドン、ドイツのケルンなどと共にハンザ同盟を結成していました。
これらの都市では商業が飛躍的に発展し、手工業の活発化で繁栄していました。商人はギルド、手工業者は同業組合を組織し、自分たちの利益を守っていました。
ブルージュの観光
ブルージュは小さい町なので、石畳の道をのんびり歩きながら観光出来ます。私は町の中心のマルクト広場と広場に立っている鐘楼、すぐ近くにある市庁舎、聖血礼拝堂を観光したり、運河クルーズを楽しみました。
マルクト広場
マルクト広場はブルージュの町の中心です。マルクト広場にはブルージュのシンボルである鐘楼があり、ハンザ商人の富の象徴であった切妻屋根のギルドハウスが立ち並んでいます。中央には1302年に対フランス王国の一揆で活躍した「ピーテル・デ・コーニング」の像が建っています。
ベルフォート(鐘楼)
マルクト広場にある鐘楼は「ベルギーとフランスの鐘楼群」として世界遺産にも登録されています。13世紀にブルージュにはハンザ同盟の在外商館が置かれ、貿易・金融の一大拠点として栄えていました。裕福になった市民たちが、商業の成功と教会や王からの自立の象徴として鐘楼を建てました。
市庁舎
マルクト広場のすぐ近く(東側)にあります。ブルージュが発展した14世紀に建てられたゴシック様式の建物です。
聖血礼拝堂
聖血礼拝堂は、12世紀に十字軍の遠征に参加したフランドル伯がコンスタンチノープルから持ち帰ったキリストの血が奉納されている礼拝堂です。
ブルージュ運河クルーズ
ブルージュは「北のベネチア」や「水の都」と呼ばれています。中世の町並みを運河クルーズで巡りました。
帰りにオーステンデへ
ブルージュに行った帰りにオーステンデに行って、ビーチで遊びました。オーステンデはベルギー王室が愛するリゾート地です。
ブルージュからオーステンデまでは車で約20分(約㎞)で行くことが出来ます。電車でも約13分で行くことが出来ます。
まとめ
ブルージュは13世紀から14世紀に栄えたころの中世の町並みが残っていて、カリヨンの音が鳴り響くとても静かなノスタルジックな町でした。ブリュッセルのように人の多い町ではなくて、小さな可愛い町なので、とてもリラックスして町歩きをすることが出来ました。
オーステンデはとても綺麗に整備されたビーチリゾートでした。漁師町オーステンデでは北海で取れた新鮮な魚介料理も楽しめます。広々としたビーチでお日様を沢山浴びて、のんびりと幸せな時間を過ごすことが出来ます。子どもも喜ぶのでお勧めです。
読んでくださり有難うございました。