インクルーシブ教育に関する国連の勧告と諸外国の状況について【みんなの学校】

2014年、日本は国連が2006年に採択した『障害者権利条約』に批准しました。『障害者権利条約』に批准した国は国連の障害者権利委員会によって定期的に審査されることになっています。2022年8月、日本はスイス・ジュネーブの国連欧州本部で初めての審査を受けました。

日本政府への勧告の内容は文書で19ページにも及び(他の国は10ページ程度)、国連は日本政府に対して施設を無くしていく脱施設や地域生活に関わる19条についてと、障害のある子とない子が共に学ぶインクルーシブ教育に関する24条については特に課題が多く、緊急に措置が必要であるということを突きつけました。

今回はインクルーシブ教育について調べたことを記事にさせていただきます。

『障害者権利条約』24条

締約国は、教育についての障害者の権利を認める。締約国は、この権利を差別なしに、かつ、機会の均等を基礎として実現するため、次のことを目的とするあらゆる段階における障害者を包容する教育制度(an inclusive education system)及び生涯学習を確保する。(後略)

2 締約国は、1の権利の実現に当たり、次のことを確保する。

(a) 障害者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと(not excluded from the general education system)及び障害のある児童が障害を理由として無償のかつ義務的な初等教育から又は中等教育から排除されないこと。

文部科学省のWebサイトより引用

みどり
条約には法的効力があるので、日本も『障害者権利条約』に批准したからには国連の勧告に対応していかなければならないですね。世界の潮流に合わせて教育環境も整えていかなければならないので、諸外国のインクルーシブ教育の状況も調べてみたいと思います。

国連のインクルーシブ教育に関する日本への勧告

まず、2022年8月に国連の障害者権利委員会が審査し、日本政府に対して発表した『障害者権利条約』24条(教育)に関する勧告を読んでみたいと思います。

2022年8月に国連が発出した『障害者権利条約』24条(教育)に関する勧告

【懸念事項】

(b)       Children with disabilities being denied admittance to regular schools due to their perceived and actual unpreparedness to admit them, and the ministerial notification issued in 2022 according to which students enrolled in special classes should not spend their time in regular classes for more than half of their school timetable;

障害のある子ども達が通常の学校に入学することを機能や発達の遅れなどを理由に拒否されており、2022年に文部科学省が発出した特別支援学級に在籍している生徒が通常の学級で学ぶ時間を週の半分以内にとどめるよう求めた通知について懸念している。

【強く勧告する事項(太字で書かれている)】

(a)       Recognize the right of children with disabilities to inclusive education within its national policy on education, its legislation and its administrative arrangements, with the aim of ceasing segregated special education, and adopt a national action plan on quality inclusive education, with specific targets, time frames and a sufficient budget, to ensure that all students with disabilities are provided with reasonable accommodation and the individualized support they need at all levels of education;

分離された特別教育をやめるために、教育に関する国の政策、法律、行政において障害のある子ども達がインクルーシブ教育を受ける権利を認め、障害のある子ども達が全ての段階において合理的配慮と個々に必要なサポートを受けられるための明確な目標とスケジュール、充分な予算を割いた国家としてのアクションプランを採択しなさい。

(b)       Ensure access to regular schools for all children with disabilities, and put in place a “non-rejection” clause and policy to ensure that regular schools are not allowed to deny regular school for students with disabilities, and withdraw the ministerial notification relating to special classes;

障害のある全ての子ども達の通常の学校へのアクセスを確保し、通常の学校が障害のある子ども達が在籍することを拒否することを許さない『非拒絶』条項と政策を導入し、特別支援学級に関する通知(2022年4月に文部科学省が発出した特別支援学級に在籍する児童生徒が通常の学級で学ぶ時間を週の半分以内にとどめるよう求めた通知)を撤回しなさい。

(c)       Guarantee reasonable accommodation for all children with disabilities to meet their individual educational requirements and to ensure inclusive education;

障害のあるすべての子ども達のために、個々の教育に必要となる要件を満たし、かつインクルーシブ教育を確実に受けられるための合理的配慮を保障しなさい。

(d)       Ensure the training of regular education teachers and non-teaching education personnel on inclusive education and raise their awareness about the human rights model of disability;

通常学校の教員および教員以外の教育者のインクルーシブ教育についての研修を保証し、障害者の人権についての認識を高めなさい。

(e)       Guarantee the use of augmentative and alternative modes and methods of communication in regular education settings, including of Braille, Easy Read, and sign language education for deaf children, promote the deaf culture in inclusive educational environments, and ensure access to inclusive education for deafblind children;

通常の教育環境に点字、イージーリード、ろう児への手話など拡大・代替した様式や方法を取り入れ、教育環境にろう文化を促進し、盲ろう児がインクルーシブ教育へアクセスできる環境を保障しなさい。

(f)       Develop a comprehensive national policy addressing barriers for students with disabilities in higher education, including for university entrance exams and for the study process.

障害のある学生が大学入試や学習過程において直面している障壁を取り除くため、包括的な国家的政策を策定しなさい。

みどり
2022年4月、文部科学省は特別支援学級に在籍する児童生徒が通常の学級で学ぶ時間を週の半分以内にとどめるよう求めた通知を発出しました。文部科学省はこの通知について、障害児が通常の学級で放置されてしまって、適切な支援がないために必要な学習時間が確保できなくなるのを防ぐためだと説明しています。
みどり
日本は『障害者権利条約』に批准した以降、特別支援教育をめぐる制度改正を行ってきました。平成25年、『学校教育法施行令』を一部改正し、就学先を決定する際には「保護者の意見については、可能な限りその意向を尊重しなければならない」と規定しました。しかし、国連は、障害児に対する「事実上の(小中高校や通常の学級への)入学拒否」が起きていることに懸念を示しています。

海外のインクルーシブ教育の現状

次に、諸外国のインクルーシブ教育の状況について調べてみました。

独立行政法人国立特別支援教育総合研究所資料より引用

調べてみると、イタリア以外の主な先進国では特別支援学校が配置されているようです。

みどり
イタリアでは0歳の保育園から大学まで全ての段階でインクルーシブ教育が保障されているようです。重度の知的障害の子どもや盲ろうあ児も通常の学校で健常の子ども達と一緒に育つ環境があるのはすごいですね。

支援学級については、アメリカやイギリス、スウェーデンには支援学級がありません

アメリカでは、障害等のある子どもの95%が通常の学校に就学しており、残りの約5%の子ども達は、「特別な学校」、「寄宿施設」、「家庭・病院」、「矯正施設」等で教育を受けています。

アメリカでは、障害者教育法(Individuals with D isabilities Education Improvement Act:IDEA)に基づき、障害のある子どもに対して高い専門性を有する多様な特別教育に関連するサービス職員(例えば、カウンセラー、ソーシャルワーカー、言語聴覚士、言語病理士、作業療法士、理学療法士、歩行訓練専門職、体育教師及びレクリエーション専門職、医療的看護サービス職員、通訳者等)が、障害のある子どものニーズに応じて連携し、支援を行っています。

イギリスでは特別な教育的ニーズや障害のある子どもの教科指導を補完するために、ティーチング・アシスタントが配置されています。

スウェーデンでは知的障害を伴わない場合は通常の学校で学ぶことになっています。知的障害を伴わない自閉スペクトラム症や学習障害、不適応を示す子ども等に対して、校長の判断のもと教育課程の内容や時間割の変更
を行ったり、フレックスグループを作って柔軟な指導の場を設置したりしています。

独立行政法人国立特別支援教育総合研究所資料より引用
みどり
支援学級が無いアメリカでは、障害のある子どもの95%が通常の学校に在籍してほとんどの時間を通常の学級で過ごしているのですね。これと比較すると、2022年に文部科学省が発出した特別支援学級に在籍している子どもが通常の学級で学ぶ時間を週の半分以内にとどめるよう求めた通知は、アメリカの対応とは真逆ですね。
その他の国々には支援学級があります。
みどり
諸外国のインクルーシブ教育の状況については、内閣府のWebサイト独立行政法人特別支援教育総合研究所のWebサイトで詳しく紹介されていました。

日本のインクルーシブ教育はどこに向かうのか

2022年の国連の勧告や他国の現状を調べてみて、日本はこれまで障害のある子どもに対して手厚い特別支援教育を提供することを重視してきたことにより、障害のある子ども達が通常の学校や学級から「分離」されてきてしまったことが分かりました。

今後は支援員を配置したり柔軟な時間割や「フレックスグループ」を導入するなどの方法を取り入れることによって、障害や特別なニーズのある子どもが「分離」されることなく通常の学級で過ごせるように、日本も教育現場の改革が求められているようです。

日本も1クラス20名くらいになったらインクルーシブ教育が可能になるのでは?

以前、私は2015年に公開された『みんなの学校』というドキュメンタリー映画を観ました。

『みんなの学校』の舞台は2006年に開校した大阪市立大空小学校で、木村泰子先生が開校から9年間、初代校長を務め、公立小学校でインクルーシブ教育を実践している学校の礎を築きました。

学校の理念は「すべての子どもの学習権を保障する」で、障害のある子もない子もお互いの個性を大切にしつつ同じ教室で学びます。校則は「自分がされていやなことは、人にもしない・言わない」というたった1つの約束のみです。この校則を破った時は、大人も子どもも校長室で「やり直し」をします。

「学校は地域のもの」という考えのもと、授業は常に開かれていて、サポーター(保護者)や、地域の人が自由に参加し、しんどい(特別なニーズが必要な)子どもに寄り添っています。

独自のカリキュラムも多く、全校児童が週1回講堂に集まって、みんなで学び合う「全校道徳」や大空小学校独自の科目「ふれあい科」では、教職員以外の様々な大人が学校にやって来て授業をする「オープン講座」などが行われています。これらの教育を通して、子どもたちが4つの力(①人を大切にする力、②自分の考えを持つ力、③自分を表現する力、④チャレンジする力)を獲得することを大切にしています。

映画では、発達障害や貧困、親の虐待、教師の体罰など様々な背景を持った子ども達を学校が受け入れ、そして先生や友達、地域も受け入れ、子どもも大人も一緒に成長していく姿が描かれていました。

私がインクルーシブ教育を実践している公立幼稚園で働いた時のこと

我が子は知的障害があり、2歳半から5歳まで夫の仕事の都合でオランダで過ごしました。その頃はオランダの日本人幼稚園に通い、帰国した後は公立幼稚園に通わせていただきました。その幼稚園は障害のある子どもも「明日からでも来ていいよの」と受け入れてくださる園でした。

みどり
我が子が幼稚園の頃の様子については、よろしければ『自閉症の我が子の幼児期後期(幼稚園と療育、就学相談)の様子』もご覧ください。
その頃はクラスに約25名のクラスメイトがいて、特別支援学校に進学する知的重度の子どもは1クラスに1人いて、後は少し気になる子どもが1〜2人いる程度の人数でした。知的重度の子どもには介助の先生が1人着いていました。
クラスはとてもまとまっていました。降園後、知的障害のある我が子と他のお友達やお母さま方と一緒に砂場で泥んこになりながら泥団子やお山を作ったり、ボールを蹴ったり、鬼ごっこをしたりして遊びました。
子ども達は普段から障害のある我が子と過ごしながら自然と優しい気持ちや「ありのままの自分を表現していいんだ、個性なんだ!」という自分にも他人にも寛容な気持ちを抱いているように見えました。いつも我が子に優しく接してくれるお友達がいました。
それから数年後、保育士を取得した私は保育園で働いた後、その幼稚園で働かせていただきました。
その頃も我が子が通っていた時と同じようにどんな子どもも受け入れる懐の深い幼稚園だったのですが、評判が評判を呼び、特別なニーズを持つ子どもの割合がとても増えていました。知的障害や発達障害、気管切開をしている医療的ケア児、海外で生活していたため日本語が話せない子どもや海外にルーツを持つ子どもなど、様々な背景を持つ子どもが増えていました。
私は職員として毎日子ども達の様子を見てきました。
職員室で怪我をした子ども達の手当をしながら子ども達の話を聞いていると、子ども達は相手の状況を理解し、赦し、自分を客観視できるようになって、大きく成長していました。様々な背景がある子ども達同士が一緒に過ごす中で色々なトラブルが日々生じてしまうのですが、子ども達はそれに対してどう対応したら良いのか、自分たちで学んでいました。
ただ、運動会や学芸会のような「特別な日」は子どもも大人もどうしても緊張してしまいました。本当は日々の保育が大切なのに、発表のためにみんなが落ち込んでしまうような事態も発生しました。
幼稚園を運営するにあたって、特別なニーズのある子どもの割合が増えすぎてしまうと、日々の保育活動にも影響が出てしまうと感じました。子ども達がインクルーシブな環境の中ですくすくと成長出来る環境を整えるためには、先生の熱意と理解、知識と経験も必要となります。子ども達と先生、保護者などの人間関係のバランスが崩れると、インクルーシブ教育は崩壊してしまいます。
今、その幼稚園の様子を振り返ってみて思います。特別なニーズのある子ども達がその幼稚園に集中していたのは、他の幼稚園が断るからです。そういうことが大空小学校でも起きていたのではないでしょうか?
1つの幼稚園や小学校が全ての特別なニーズのある子ども達を受け入れるのは難しいです。無理が出てきてしまいます。
しかし、他の幼稚園や小学校も特別なニーズのある子ども達を受け入れられたら、特別なニーズのある子どもの割合が減り、それぞれのクラスで無理なくインクルーシブ教育を実践できるのではないかと思います。国連はそれを目指して日本に勧告を出しているのではないかと思います。
また、我が子が幼稚園に通っていた時は1クラス25名くらいでした。小学校の1クラスの人数も20〜25名くらいになれば、1人1人の子どもにしっかり寄り添うことが出来るのではないかと思います。

まとめ

国連の障害者権利委員会で副委員長を務めるヨナス・ラスカスさんが来日された際、「19条と24条はつながっている」と話されました。『障害者権利条約』24条で規定されている障害のある子どももない子どもも一緒に学ぶインクルーシブ教育は、大人になった障害者が地域で暮らしていく19条の内容に繋がっていきます。

2018年、「障害者雇用促進法」が改正し、民間企業や国・地方公共団体などの障害者の法定雇用率が引き上げられました。子どもの時に障害児と健常児を「分離」してしまうと、大人になってから一緒に働いたり、地域で共に暮らしていく社会の実現が難しくなってしまいます。

私が幼稚園で働いていた時、子ども達が障害のあるお友達を自然に受け入れ、とても大らかで優しい気持ちで接している様子を見て、「子どもってすごいな」と感動しました。子ども同士でやり取りをしながら、障害のある子どももない子どもも共に成長していました。「やり取り」といいましたが、結局コミュニケーションをとって「何に困っているのか」「何が嫌だったのか」「どうして欲しいのか」を上手く伝え合えるようになっていました。

大きくなってから不登校になってしまったり、引きこもってしまったり、周りの人との関わりが上手くいかなってしまう人は、大抵「コミュニケーション」に困難が生じている場合が見られるので、子どもの頃から様々な背景を持つお友達と接しながら、相手の気持ちに寄り添い、「コミュニケーション」を取って付き合っていく経験を積めることは、どんな子どもにとっても為になるものだと思います。

みどり
オランダのイエナプラン教育は異年齢学級で、障害のある子どもも一緒に学校生活を送っています。私がオランダに住んでいた時に日本人幼稚園に全日で通えないことをオランダ人の保健師さんに話したら、保健師さんはすぐに日本人幼稚園に抗議しようとしてくださったのですが、もしかしたら、インクルーシブ教育が当たり前に育ったオランダ人にとっては、障害があるから全日では受け入れられないという日本人幼稚園の姿勢は不自然で不当なものに映ったのかもしれないと、ふと思い出しました。「障害児だから仕方ない」と思っていた私自身にも心のバリアフリーが必要なようです。
読んでくださり有難うございました。

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